不審者に成り下がった兄



一軒の家に怪しい影が忍び寄る。



「邵可お兄様、お姉様、たまには二人で散歩でもして来て下さい。 秀麗なら私が見ていますから心配なさらないで」
日頃から育児で疲れているであろう二人に、ささやかな贈りものをあげたかっただが、何をあげたらいいか悩みに悩み、結局は“散歩”になってしまったのだ。
「ありがとう。でも、何かあったら大声を上げて、鳳珠殿の屋敷に逃げるんだよ?」
「何かって。もし盗賊が来たとしても私なら返り討ちよ?」
可愛らしく首を傾げるが、言っている事は物騒だった。
それではなく、弟君、黎深の事じゃ」
「ああ、何時もの事よ。 私の一日の行動は監視されてるのは当たり前だし、 最近では蜜柑が食べたいと呟いただけで一刻の内に山の様にあるし、 人との会話さえ全部報告されて、その人の嫌なところと弱み、 自分の方がどんなに良いかという事をつらつらと書いた文を送ってくるのよ。 それも会話してから一刻しない内に。きっと今の会話も筒抜けね」
うふふと笑いながらも、目には怒りが色濃く映っており手をぎゅっと力一杯握り絞めていた。
「全くあの子は」
「ほほ、今度お灸すえておくかのう」
邵可と薔薇姫の口調は至って穏やかだが、二人のお灸は過激で、知る人ぞ知る“魔のお仕置き”として恐れられていた。
数日後には、灰になり風によって吹き飛んでいる、黎深の姿が見られるだろう。



塀をよじ登る者二人。
「何故、私がこんなことをしなければいけない」
「今可愛い、可愛いと秀麗が二人だけで留守番してるんだぞ。 もし何かあったらどうするんだ。考えるだけで・・・ああ、心配だ。 鳳珠、ぐずぐずしてないでさっさといくぞ」
黎深にまともな答えを期待しても無駄である。
それでもめげない鳳珠は『お前が立ち止まって妄想していたんだろうが!』と言っても勿論の事、 聞く耳を持たない黎深は鳳珠をも巻き込みつつさっさと塀を越え爆走する。
「おい、放せ!!!!」
鳳珠の叫び声だけがその場に寂しく木霊する。



「ふふ、流石邵可お兄様とお姉様の子ね。可愛らしい」
生まれて三年立ったか立たないか位の小さな赤ちゃん、秀麗を見て目を細めて笑う姿はとても微笑ましかった。
だがそんな雰囲気を壊す者がいた。
「うあ、ああ、う」
「ん、秀麗どうしたの?」
秀麗が見ている方に目を向けてみると・・・
「さあ、秀麗あっちの部屋でお昼ねしましょうか」
笑みを深くして、部屋を出て行く
「ふう、は気づかなかったようだな」
「否、あれは気づいていたぞ?」
「何!?完璧だった筈!それに何故お前が分かる!!は、鳳珠貴様まさかの事をそんなに理解できるほど一緒にいるのか!? 夜も昼も一緒か!?何て羨ましい!!!いや、許せん!!!!夜も一緒なんて!!!!」
柱の影から出てきたのは、人として見てはいけない表情をし、一人で暴走する黎深と 心なしかぐったりし疲れが見え隠れする鳳珠だった。
「そんな訳ないだろ」
「そうよ。かってに想像して鳳珠を虐めないでちょうだい」
呆れた顔をしたが足音もなく入ってくる。
!虐めてなんていな・・・い」
に睨まれて言葉を濁し、すっと持っていた扇子で口元を隠して明後日の方向を向く。
まるで大きな子供が拗ねているような反応に、はついくすくすと笑ってしまう。
庇ってくれたはずたが、何故か兄弟愛を見せ付けられたような気がするのは私だけだろうかと、思ってしまう鳳珠。
も結局は黎深に甘く一人疎外感を味わってしまうのだ。
「ところで、黎お兄様」
ニッコリと満面の笑みだが、地の底からの様に低い声。
「さっきの叫び声は?」
「あ、あれは鳳珠が悪い!」
「鳳珠、今更だけどいらっしゃい。お茶も今用意するわね」
は黎深に甘いと言っても、何時もの事ではなく半分聞き流したり、 無視する様な対応が日常だった。
特に怒っているときは呼ばれても返事もしない。
「ああ、窓からすまなかった。それに叫び声もな」
「二度も聞こえたものね。それにさっきも柱から話聞いてたでしょう。残像が見えたわよ」
それはの耳と目が尋常じゃないからだと言いたかった鳳珠だが、 誰かのせいで機嫌が悪そうなので言えなかった。
触らぬ神に祟りなし。
黎深はというとに無視された事により石化していた。
「あ〜う〜」
そこに一人で歩いてきたのだろうか秀麗がとてとてとやって来る。
「しゅ秀麗!!」
「や〜」
黎深の顔を見るなり泣きそうなってしまう。
「あら、起きて来ちゃったのね。黎お兄様邪魔」
秀麗に嫌がられ、にやけた顔で秀麗を迎え入れようと姿のまま固まる黎深を雑に退け抱き上げる。
、秀麗は私が抱っこしていよう」
忙しそうにしているを見、気を利かせる。
「ありがとう。ふふ、こうしてると私達夫婦みたいね。 それにしても鳳珠は本当に気が効くわ。 邵可お兄様が何かあったら鳳珠を頼れって言ったのも肯けるわ」
部屋を出て行こうとし、ふと気づいたように振り返って黎深に目をやり一言。
「それに比べて・・・ま、いいわ。 帰ってきたら邵可お兄様とお姉様がお灸を据えるって言っていたし」
がぼそりと言った言葉に石化を通り越して倒れる黎深だった。
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