捧げ物
□月夜の出会い
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力の抜けるような怪音に文句を付けようと家を出た。
近づくほどに音の威力は増すけれど、歩みは止まらない。
止められない。
怪音に文句を付けようと思っていたのに。
近づくほどに頭が痛くなるのに。
下手くそな音色なのに不思議と暖かくて……寂しい音。
ふと怪音が止み、辺りには静寂が広がった。
気付けば私は月明かりの眩しい草原に立っていた。
「何用だ。」
声に振り向くと、月影に照らされた一人の青年。
変な服装をしているけどそれに違和感はなく、逆に青年の美しさを引き立てている。
青年に見とれていると、青年が近づいてきた。
「いくら夜の風流に魅せられたとはいえ、子供がこんな夜遅くに出歩くのは感心しない。」
「子供じゃないわ。」
「……ふむ。では訂正しよう。子供のような風貌の者が夜遅く一人で出歩くのは感心しない。」
いちいち癇に触る奴だ。
私だって好きで出歩いているわけじゃない。
「さっき聞こえていた笛のせいよ。」
「私の笛か?」
「笛を吹いていたのはあなたなの?」
「そうだ。」
「あの音……」
「そなたは我の音にひかれたのだな。」
私は答えに詰まった。
最初は文句を付けようとしていた。
でも今は?
耳に残ったあの音は私を捕らえて放さない。
「たぶん……そうかも。」
「ふむ。我が風流を解す者、略して風者よ。そなたに一曲贈ろう。」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼が笛を口元へ持っていくのを寸前で止める。
「なんだ。」
「さっきの曲ならもういいの。あれは……悲しいから……」
「…………風者、名を何という?」
「名前?。」
「……いい名だ。我が名は龍蓮。そなたとはよき関係を築けそうだ。」
そう言って彼―龍蓮さんは笛を吹き始めた。
間近で聞くと物凄い破壊力だ。
足に力が入らずに座り込む。
それでも心に染み込んでくるのは優しさと喜び。
さっきとは異なったあたたかい音色に、私は自然と笑みを浮かべていたらしい。
「の笑顔もまた風流なものだな。」
「え?私?」
「夜も更けた。今日はもう帰るといい。」
脈絡のない会話も、龍蓮さんとならイラつかない。
むしろ心地いい。
だから、もっともっと彼と話をしたい。
色々な話をして、彼を知りたい。
そんな気持ちがいつのまにか生まれていて。
「……まだ帰りたくないって言ったら?」
「話がしたいならまた此処に来るといい。まだしばらくはこの村にいる。」
そして龍蓮さんは微笑みを浮かべた。
「私もまたと話をしたい。」
月影に照らされて、より綺麗に見える笑顔で言われては断るわけにはいかない。
……もとより断るつもりもないけれど。
明日も明後日も、私は喜んで龍蓮さんに会いに行くんだろう。
月夜の道を歩きながらそんなことを考えると、不思議とあたたかい気持ちになっていた。
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