私の帰る場所は、貴方の場所。
陽のあたる場所。
ここだけ。
私の帰る場所。
私が軍人になったのは、私の意志だ。
それ以外の何物でもない。
まぁ、環境がそうであったことは認める。
でも、それ以上でもそれ以下でもない。
こんな冬の日も、私は戦場に立っている。
愛剣と愛馬を連れて、独りで戦場にいることも珍しくない。
私は先陣を切ることが多いけれど、そのまま目の前の部隊を極限まで追い込むこともする。
女の癖に、女が、と叫ばれることもあるけれど、それに気づかず死んで逝く者の方が多かった。
私は、戦場でたくさんの命を殺めた。
それが、私の普通だった。
幼い頃より、貴族の中で生き、貴族の中で私は異質だった。
もちろん、女の武人は多くいるが、貴族には少ない話だ。
何よりも、男より強い女と言うのが、滅多にいない。
私は異質だった。
だが、異質だからこそ、彼女の目に留まった。
金のツェリ。
当時、彼女はまだ魔王ではなかった。
だが、私には分かった。
彼女は何らかの運命を持っている。
きっと、異質である私を受け入れることが出来るように。
幼い頃から剣を握ってきた私にとって、ツェリ様との出会いは、ごく普通だったのかもしれない。
ツェリ様は、生まれながらの女王のような人だった。
けれども、その明るい顔の裏で、何かを真剣に見つめていた。
彼女は、他人の心をすぐに知る。
それだけが、私にとってツェリ様の一番恐くて厄介なところだった。
「私はね、恋をすることで生きてるの」
「恋で?」
彼女の前に行く時は、楽な格好でなければいけなかった。
本来はドレスを好む女性だったが、私はそれだけは断った。
いつ何時、彼女が危険に晒されるか分からない。
もちろん、身を守るだけの魔力を持ち合わせた女性だ。
だが、私はこの人を守ろうと思った。
異質な私を受け入れてくれたこの人を守ると決めていたのだ。
勝手に。
「、貴方はどうなの?」
「私は……恋などしたことはないから」
「あら、そう。つまらないわよ、そんなの」
「そうでしょうか?」
恋をすることがどういうことなのか、私は知っている。
父と母がそうだったからだ。
大恋愛の末に、2人は結ばれた。
私が産まれ、弟のギュンターが産まれた。
しかし、母はその数年後に体調を崩し、やがては亡くなってしまった。
私には母の記憶があるが、弟には少ないだろう。
そして、私はそれが恋や愛の結果だと思っていた。
命を産み、育て、やがては死ぬ。
それが全てだと。
当時、ツェリ様には2人の子供がいることを知っていた。
上のご嫡男は、フォンヴォルテール卿との息子。
もう1人は詳しくは知らないが、フォンヴォルテール卿とは別の方だと聞く。
これが恋愛の末なのだろうか?
2人の男性を愛することが?
良く分からない。
「貴方、剣が得意なんですってね?」
「はい」
「じゃあ、私の息子と手合わせしてみない?」
「え?」
「上の息子、グウェンダルって言うの。年も近いはずよ」
年が近いからって、私は男と手合わせをする気にはなれなかった。
しかし、ツェリ様はとんとん拍子に話を進める。
気がつけば、私は王佐教育の大切な勉強日を丸1日潰されて、決闘日にされていた。
その当時の王佐は私の父だった。
魔王は、別の方だった。
国政が安定していたわけではないが、それでも穏やかだった。
父は、貴族の中でも有名なツェリ様の申し出だから、と断ることを許してはくれなかった。
陛下は、面白そうだから、と見物席を作らせた。
当時、私はまだ若い娘と言ってよかった。
もちろん、剣は誰にも負けるつもりはない。
男とも対等に渡り合ってきた。
だが。
決闘する為じゃない。
見せる為じゃない。
私は、私の為に剣を握っていた。
いつの日か来る、大切な日の為に。
そう思っていた。
でも。
「これが私の息子のグウェンダルよ。父親にそっくりで、素敵でしょ?」
フォンヴォルテール卿グウェンダルとは、これが初対面。
噂では聞いていた。
ツェリ様の息子で、何においても優秀なのだと。
次期ヴォルテール地方の領主でもある。
身長の高い、黒に近い灰色の髪。
顔は、まぁ整ってはいるが、強面の部類に入るだろう。
長い手足は、剣を握る者として、優位に戦える証拠。
「グウェン、こちらはフォンクライスト卿。美人だけれど、戦場の花なんて呼ばれてるのよ」
「知っています。有名ですので」
声は低くて、自分と年齢が近いなんて思えない。
それでも私は、彼の前に立った。
身長差が痛々しい。
男と女の差。
勝気で行こう、私は誓った。
相手は、ツェリ様の息子とは言え、立場は同じだ。
私も貴族だし、王佐の娘である。
手加減はいらないだろう。
下手に手加減すれば、逆に危険だ。
見世物の決闘は、始まった。
「で、その時ね、私はフォンヴォルテール卿に勝っちゃったわけ」
私の前には、剣を抱えたコンラートがいる。
やっと少年から青年へ移り変わる頃の、やんちゃなコンラートだ。
私は、泥に塗れたブーツを見ながら、昔の話をしていた。
ギュンターも同じ。
彼は綺麗好きだけれど、剣を持つと人が変わる。
「その話は今でも伝説ですね。姉上は最強だと」
「まぁ、あの時は運が良かったのよ。今のフォンヴォルテール卿はまだ強いし」
「グウェンダルは、まだ強い?」
コンラートが不思議そうに聞いてきた。
きっと、私とギュンターが強いからだろう。
私達が強いのに、その2人がさらに強いと言う男がいる。
それが、彼の兄。
「強いわよね、ギュンター?」
「そうですね、まぁ、昔よりも体格も良くなってますし」
まだ、コンラートには分からないだろう。
彼の強さや、優秀さ。
それは、私達王佐教育を受けてきた者とは別格だ。
「さぁ、行こうか、コンラート」
私がそう声をかけた時、蹄の音がした。
澄んだ空気を切るように、馬が走ってくる。
そして、それに跨った男。
フォンヴォルテール卿グウェンダル。
「誰に御用時ですか、グウェンダル?」
ギュンターは、こう見えて彼と懇意だった。
深い友人ではないが、嫌い合っているような仲でもない。
私は、ただ、遠くから見ているだけだった。
いつも、ツェリ様の横から。
ただ、見ているだけ。
「コンラートの様子を報告しろと、魔王陛下からの要望だ」
馬を降りた彼は、静かに弟の前に立つ。
ギュンターが、コンラートのことを褒めた。
彼には剣の才能も、軍人としての才能もある。
そう、この子にはどんな才能だってある。
ないのは、魔族としての血統だけ。
貴族としての地位だけ。
それ以外は、コンラートは何でも持っている。
「フォンクライスト卿」
「何か御用でしょうか、殿下?」
「世話になった」
グウェンダルは、そう言った。
少しだけ、視線をそらして。
私は、彼のことが気になった。
そう、気になっただけ。
どうして?
よく分からない。
何となく、だ。
何となく、気になったのだ。
心が、ざわめく。
「コンラート、フォンクライスト卿は眞魔国一の剣士だ。しっかりと学べ」
「はい」
「お前の為に、軍籍を空けておく」
え?
もう、コンラートを軍へ?
私はそう感じた。
でも、その時期なのかもしれない。
霞んでいた目を凝らす。
ああ、コンラートも成長していたね。
彼ももう、大人だ。
成人している。
軍でもやっていける。
もう、私の手は必要ない。
私は――――………。
「フォンクライスト卿」
「はい」
私は、顔を上げた。
そして、何かを差し出される。
「我が城の茶会だ」
「私に、ですか?」
「ギュンターは王佐の仕事で忙しいだろう。貴方にだ」
貴方、と呼ばれて、私はドキリとした。
何だか、心を込めて呼ばれた気がしたからだ。
何?
どうして?
グウェンダルはこんな人だった?
彼は去っていき、私の手には招待状が残った。
この招待、受けねばなるまい。
私は貴族の娘。
彼は魔王の息子。
今では、彼の方が立場が上だ。
昔とは、違う。
昔は同じだった。
でも、今は違うのだ。
控えめなドレスでも身に着けて、髪でも結って、私は茶会に行かねばならないだろう。
でも。
何故か、彼の城であると思うと、嫌な気がしない。
今までは、茶会もパーティーも大嫌いだった。
貴族の中に入って、貴族として生きるのが嫌だった。
ツェリ様に招待された時は、仕方がない。
でも、極力行かなかった。
だが、今は違う。
行きたい、と思ってしまうのだ。
ジュリアやアニシナは、仲のいい友達だ。
時々会うこともあるし、茶会に出ることもある。
しかし、彼は違う。
彼からの誘いは初めてだし、呼ばれると想像したこともなかった。
「姉上、どうしました?」
「いや、何でもない。着るドレスがないから、思案していた」
「それでしたら、私がご用意しますよ!」
「お前の趣味には付き合えないよ、ギュンター。とにかく、もう一度手合わせしよう、コンラート」
微笑むコンラートは、優男だった。
でも、その雰囲気の何処かに、グウェンダルを含んでいた。
私の記憶の中で、彼との茶会は、とても静かだった。
無言の場面が凄く多かった。
でも、後悔したことはない。
時々話してくれるグウェンダルは、彼自身をゆっくりと語ってくれたからだ。
彼のことを好きになった自分を否定した。
だって、相手は殿下だ。
魔王の息子。
同じ貴族でも、立場が違う。
ツェリ様は、素直になれ、とか、2人ならお似合い、だとか色々言ってくる。
でも、私は恐くて何も言えなかった。
今の自分を壊したくない。
戦場で戦っている自分が愛されるとは思えなかった。
私は戦う女だ。
魔王の為にと言いながら、たくさんの命を殺める。
何故?
どうして、心の底から魔王の為だと言えないの?
私の心は、迷い、恐れ、そして最後に、彼の元に行き着いた。
グウェンに告白されて、私達は恋人同士になった。
幸せな日々を過ごし、約束された未来を思った。
私は、彼の子供を産み、彼は父親になる。
穏やかな家庭があって、幸せな眞魔国がある。
そう、思っていた。
思っていたんだ。
戦争は、終わりを見せなかった。
私達は婚約したけれど、未来は暗かった。
お互いに軍人だったし、いつ兵を率いて戦場へ行くか、分からない。
それは、いつ命を落とすか分からないのと同じだった。
戦争に、私は心を揺らがせ、婚約は出来たが、結婚には踏み切れなかった。
何度も、グウェンに謝った。
「まだ、結婚出来ない……」
「分かった。私は、待つ」
「ありがとう」
彼は、私を待っていてくれた。
何年も。
そして、私は、戦場に立った。
この眞魔国から、戦火を消す為に。
しかしそれは、戦火を増すだけだったのかもしれない。
やがて、私は戦場で倒れた。
身体が病に冒されていた。
ギーゼラに診てもらったが、駄目だった。
私は死ぬ。
それが、はっきりと確定された。
それから、私は軍を捨てた。
もう、疲れていたのかもしれない。
こんな世の中。
戦いしかない。
知っているのは、血の色。
彼の愛。
でも、私は……たくさんの命を殺めすぎた。
だから、こんな結果になったんだろう。
ごめんね、グウェン。
こんな結果しか、出て来なかった。
雪の降る日。
私は、クライスト城にいた。
小さな墓を見ていた。
ここには、私とグウェンの子供が眠っている。
性別も分からない。
どんな子なのかも分からない。
それくらい、小さかった。
産んであげられなかった。
命の大切さを痛いほど感じた。
グウェンには言わなかった。
彼には、こんな悲しい思いをさせられない。
私だって、2度とごめんだ。
「さよなら………」
ちゃんと産んであげられたら。
この子は、もしかしたら、次代の魔王だったかもしれない。
ヴォルテールの領主だったかもしれない。
クライストの領主だったかもしれない。
たくさんの未来があったはず。
それが、私の中で潰えた瞬間。
私は、命を守りたいと思った。
この死に逝く身体で。
死に逝く手で。
守りたいんだ。
本当は。
でも、グウェンのことも守れなかった。
悲しい思いをさせて、別れた。
彼の側には、いられない。
これ以上、彼を悲しませるわけにはいかない。
きっと、私が彼の側にいれば、彼は私の死に飲まれる。
出来るだけ、離れていなければ。
私はこの時、もうすぐやって来る旅立ちを知らなかった。
自分の命が終わる瞬間。
でも、そこには幸せと温かいものがあった。
今は、まだ分からない。
でも。
分かったから。
と離れて、長い時間が経った。
それでも、グウェンダルは彼女を忘れられなかった。
時々、1人でクライスト城を訪れる。
彼女の部屋を見て、彼女の過去に触れる。
それだけだ。
「………」
呼んでも、彼女は戻らない。
分かっていた。
でも、呼びたかった。
彼女を愛しているから。
その時、何かが聞こえた。
子供の泣くような、声。
それに引かれて、グウェンダルは歩き出す。
行き着いた場所は、クライスト家の墓地。
その1つに、名前のない墓石があった。
「名もなき我が子に捧ぐ………」
ただ一言、つづられているだけ。
きっと、これが我が子の墓なのだとグウェンダルは思った。
と共に旅立っていった、我が子。
そして、そこからかすかに聞こえる泣き声。
しかし、墓石に触れるとその声は聞こえなくなった。
産声だったのかもしれない。
何処かで、新しく命が産まれた瞬間。
「戻って来い、」
待っているから。
いつまででも。
この日、は新たな命を持って産まれた。
大好きだった“女性”を母として。
大切な守るべき“陛下”を兄として。
大切な“貴方”の元へ帰る為に。
END
現実の世界に戻る
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相互リンクしてくださった紫姫さんに捧げます。
本人のみお持ち帰りOKです。
かなーり久しぶりに書いたまるマの陽のあたる場所。シリーズ。
これをもう一度書けるとは思っていなかったので、意外に新鮮でした。
ギャグ要素があった方がいいかな、と思いましたが、
季節的に寒いので、書き手自身の心境もしんみりとしちゃいまして…。
こんなものでよければ、紫姫さん、お持ち帰りください♪
2007.12.11
あさみ様ありがとう御座いました。
ギャグもいいですけどシリアスも好きなので!!
ホロリときちゃいました。
あさみ様の文才に万歳!