企画もの
□第二話
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なんで知ってる、と視線で問えば「見ていればわかる」との答え。
そういうものなのかとも思うが、付き合いの長さだけは家族の次に多い相手なので、燿世が言うのならばそうなのだろう。これで刀剣の類でも持って来たのならばまだわかりやすいのだが。現に以前もう一人の幼馴染み雷炎からは剣につける飾り紐と手入れ用具一式を貰ったこともある。───贈り物は相手の喜ぶ物、という常識から外れてはいないが、それを選ぶあたりが剣術馬鹿だなと嘆息した覚えがあるから、燿世も似たようなものだと思っていたのだ。どうやら燿世の方は雷炎ほど剣術馬鹿でもないらしい。
木製の漆塗りの鈴、というあたりに執念を感じないでもない。なにもこんなところにまで黒を主張しなくても良いだろうに。
「よく思い出してみれば、今つけている鈴以外をがつけていることがなかった」
だからなのだと、少しだけぶっきらぼうに言う。
はその情けない顔を見て小さく吹き出した。
「・・・・・・笑うな」
「ふっ・・・・・・や、ごめ・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・・・・」
さらに燿世の眉が下がり、それをが目にしてまた笑う。
それほど酒宴の場所から離れていないため声を抑えての忍び笑いだが、そちらの方が燿世には堪えているらしい。どうせ笑うならもっと気持ちよく笑い飛ばしてくれ、と瞳が語っている。
ふと、燿世がなにかに気づいたようにを見て目を細めた。そこには先ほどまでの困惑に満ちた色ではなく、部下たちのところで見せるような、真剣な瞳。
燿世の雰囲気が変わったのを感じ顔を上げたは、その真面目な様子にそれまでとは違うへらりとした笑みを浮かべた。
「・・・・・・」
「だいじょーぶ」
「──・・・・まだなにも言っていない」
「燿世は口にださないことの方が多いじゃない」
「・・・・・・・・・・・・」
反論できない。
「いざとなったら頼むから。余計なことして燿世の立場危うくすることないよ」
──武官といえど、文官たちのような派閥がないわけではないのだ。
彩七家、それも武の名門黒家の出身といえど、すべての武官が燿世を好ましく思っているわけではない。雷炎もそうだ。
直接権力に関わりのない武官には、武官特有の問題も悩みもいざこざも当然ある。
けれど燿世は、にそんな気を遣ってはほしくないのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
「女の人に手、上げられる?無理でしょ。あちらさんが他に兇手頼んでくるようなら羽林軍の助けもいるけど」
「だが、王宮の者の身辺警固は我が軍の仕事だ」
「それでも最優先は王だよ。・・・・・ただの女官に、その価値はない」
「!!」
「一般論だよ、燿世」
「・・・・・・・・お前の口から、自分を軽んじる言葉など」
「燿世」
今度はが困ったように眉を下げる。
まるで駄々をこねる子どものようだと思いながらも、燿世はまっすぐにを見つめた。
「・・・・お前に、なにかあったら」
「後追い自殺はやめてね」
「約束できない・・・・」
ちょっと、とが言うが、本当に燿世にはその約束をする自信がなかった。
になにかあったらと、そう考えるだけで無意識に手が震える。目の前にいるこの存在すら、泡沫の幻なのではないかと怖くなる。
──いくら精神を鍛錬しても、その不安だけは燿世のなかから消えてくれそうにないのだ。
「死なないでくれ・・・・せめて、私より先には」
「なに不吉なこと言ってくれるかなあ、ほんと」
「」
こんなに近くにいて、その手にすら触れることのできない、その、本当の理由は。
「私がそんな簡単に死ぬと思うの?」
「・・・・・・思わない。だが」
「?」
「──時々、どこかへ消えてしまいそうだ・・・」
「・・・・・・・・」
末期だ、とは思った。
儚げな風情の顔立ちとは縁遠い自分に、よもやそんなことを感じる者がいようとは。
自分よりふたまわり以上も大きなくせに、どうしてこう、なんというか──。
「・・・・・・?」
「・・・消えないから。ちゃんと、ここにいるからさ」
「・・・・・・・・・」
「あんまり情けないこと言わないでよね。黒大将軍さま」
そっと握られた掌に、燿世が力なく微笑した。
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